偏差値40の都立大山高校に奇跡を起こした「哲学対話」とは?

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今、日経新聞で連載されている「キセキの高校」が面白い。

前回も1度紹介したけれども、哲学対話の導入により偏差値40の公立高校から次々に難関私立大学や国立大学への合格者が出たという話だ。

この記事を読むと、いかに「考えること」が重要かということを改めて感じさせられる。

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偏差値40の高校を変えた哲学対話とは

この高校では、月に1、2回、生徒が中心になって、様々な答えのない疑問に対して対話することが慣習となっている。
その答えのない疑問とは、例えば「どうして勉強しないといけないんだ」とか、Googleで検索しても答えが出てこない疑問だ。
この対話は答えを出すことが目的ではない。
考えることが目的だ。

対話は90分とか決まった時間で打ち切られる。
必ずそのあと参加者は悶々とした気持ちになるという。
対話をしたあとも、自分なりの答えを考え続ける。
答えは出なくても、それでも考えるという力が生徒には身につく。

効率化によって失われたもの

最近では、こういった哲学対話を社内に取り入れる会社も増えているという。
連載5日目の今日は、そんな哲学対話をパナソニックや、ライオン、IBMなどでも実施されたという内容だった。

この記事の中にこんなことが書かれていた。

(こういった対話って)かつての日本企業がやっていたことなんです。
たとえばホンダ。新製品の開発となると、技術者や営業マンが泊まり込みで議論を重ねた。
「ワイガヤ」と呼ばれるホンダ式の対話では、技術的な可能性だけでなく「なぜこの製品をつくるのか」「我々は何を求めているのか」といった根本的な問いを徹底して重ねていった。
「ワイガヤ」は、日本経済の黄金期には多くの企業が実施していたという。
バブル崩壊後、平成の長期低迷で、日本企業はリストラと効率化に追われた。
語り合う?そんなヒマはない。時間の無駄だ。気がつけば考える機会は失われた。

まさにその通りだなと思った。
今僕は、製品開発の仕事をしているけれども、イノベーティブな仕事であるはずの開発現場でも、効率化、効率化といわれ、考えることがなかなかできない。
周りの人を見れば、いかに労力をかけずに”仕事をこなす”かということを考えて働いているような人が非常に多い。
そんな人の集まりが、イノベーションを起こせるはずなんかないよね。

とにかく考えることが大事

以前紹介した、前田裕二さんの「メモの魔力」という本も、結局は、「しっかり考えることが大事だ」ということがメッセージだった。
人間として生まれてきた以上、この脳みそを使わないと勿体無い。

だから、日頃からしっかりと考える。
そういった訓練をして、様々な事象に対して、自分なりの考えをもって捉えられるようになりたい。

少なくても、考える力と偏差値は比例はしないんだから。
そのことはすでに都立大山高校が証明してくれた。

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